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座談会2016

ロンドン大学 Massimo Pinzani先生をお迎えして

一般財団法人日本肝臓病対策支援財団 代表理事
河田 則文

平成28年7月9日(金曜日)に英国ロンドン大学、Institute of Liver and Digestive Healthの教授であられるMassimo Pinzani先生をお迎えして座談会を開催した。Pinzani教授は予てから肝臓の線維化の分子機構を研究しておられ、約15年前より私とはお互いに情報交換をおこなってきた。今回の訪日を機会に日本肝臓病対策支援財団としても座談会を企画することとなった。Pinzani教授は臨床の分野でも肝臓の硬度測定において実に多数の業績を残されている。また、ロンドンでは移植に使用しなかったドナー肝臓を研究に使用することが可能であり、ヒトの肝臓構成細胞を分離して研究に使用したり、また、肝臓のスカフォールドを用いた新たな技術開発を行なわれている。実に多岐にわたる知識を持たれているPinzani教授を迎えて肝臓病にまつわる最近の話題について財団の理事・評議員の先生方、また、フェニックスバイオ社の立野知世先生をお迎えして1時間以上に及ぶ白熱した議論を展開したので、各先生方の座談会に対する感想を記載頂き、記録集としたい。

座談会2016

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一般財団法人日本肝臓病対策支援財団 理事
和氣 健二郎

河田則文教授の司会のもと、会の冒頭に配布されたPinzani教授の近著、[C型肝炎ウィルス後時代の肝線維化](Seminars in Liver Disease Vol.35 No.2/2015)に添って、議論がすすめられた。
たとえ進行した慢性C型肝炎でも、SVRが得られると、壊死・炎症、線維化の減少を認めるとともに、肝細胞がんの発生リスクは70%以上減少したという英国での報告について議論された。
わが国でも最近のDDA による治療成績の向上で100%に近いSVRが得られているが、バイオプシーによる肝組織の改善は必らずしも良好とは言い難いという国立感染研との共同研究の結果を紹介した。
SVR後10年以内の発がん発生率は約10%である。SVRが得られた15例中4例に肝組織中にHCV RNAが検出された。またSVR後に発がんした13例の肝組織内にHCV RNAが検出されたのは3例であった。そのことからウィルスの残存が発がんを直接誘導するとは考えられない。また肝硬変が強い(肝硬度が固い)ほどSVR後の発がん率は高い。SVR後においても肝実質細胞のミトコンドリア、粗面小胞体の微細構造異常がほぼ全例に観察される。また線維化は症例によって多寡はあるものの観察された。
肝硬変の改善については、Pinzani教授も動物実験の結果と臨床例の場合との違いを指摘しておられたが、それには罹患期間の長さが最大の違いと考えられる。とくに本邦では慢性C型肝炎の罹患期間が高齢化に伴い益々長くなっている。肝硬変状態の長期継続は、ウイルス消失後も肝臓血管系の再編が固定化し、結合組織にとって都合がよい動脈支配が門脈支配を凌駕している。そのため残存する実質細胞に障害・壊死が起こり、新たに線維化が追加されるので、matrix metalloproteaseのコラーゲン消化効果は差し引かされることになる。
最近の目覚ましい慢性C型肝炎の治療の進歩により、一部にはSVRをもって肝炎が完治するとの誤解があるが、ウィルスの消失と肝臓自体の正常化とは別の次元であることに留意しなければならない。
以上の結果からSVR後も長期にわたるフォローが必要である。またSVR後の「病的状態」に対する適切な医学的名称の必要性を指摘しておきたい。

一般財団法人日本肝臓病対策支援財団 理事
大阪市大特任教授
(株)フェニックスバイオ学術顧問
吉里 勝利

ロンドン市立大学ピンツアーニ教授を迎えて、肝臓病治療の現況と将来への課題に関する座談会が、河田教授の司会の下開催されました。私もそれに参加する機会を与えられ、時間の経過を忘れるほどの楽しく有意義な時間を過ごすことができました。座談会での議論の内容や印象に関してご紹介したいと思います。
C型肝炎ウイルス患者さんからウイルスを除去できる特効薬が出現したことは、肝臓病治療の臨床研究の動向に大きな変化をもたらしつつあることを共通の認識として、それに関する様々なことがらが話題になりました。特に、C型肝炎ウイルスの感染を引き金とする肝硬変の患者さんがこの特効薬による治療を受けて例えウイルス自体は根絶できても肝硬変の病態は持続する場合もあることが大きな話題になりました。ウイルスは肝臓病変の最初の引き金を引いただけであり、その後の“病気の発症”には、種々の要因が複雑に絡まりあっており、肝硬変の進行の程度によっては、最早、ウイルスを除去しても、病変前の状態に復帰させるための有効な方法が現状ではないということであり、今後の臨床研究の進歩に大きな期待が寄せられています。
そのような残された課題はあるものの肝炎ウイルスを原因とする肝臓病の研究は特効薬の出現によって大きな節目を迎えたのは間違いないことです。今後は、ウイルス以外の誘引を原因とする肝臓病の臨床研究が大きな研究課題としてとりあげられることは間違ありません。肝臓は栄養物代謝の中心臓器として栄養物の分解と利用、それに伴うエネルギーの収支に大きな責任を果たしています。日常的な食事や運動量には個人差が大きく、この個人差も長期間にわたると脂肪肝などの慢性疾患になる場合があります。生活習慣病です。人口動態の高齢化に伴う加齢による肝機能の低下もこのような肝臓の慢性疾患化の一因に成り得ます。これらの非ウイルス性、非アルコール性の慢性肝疾患を克服するための臨床及び基礎研究の重要性が今後大きくなると思われます。
ヨーロッパ語を母語とするピンツアーニに教授とLiver(肝臓)の語源に関して意見交換できたのは良かったです。言語学者がいなかったので結論は出ませんでしたが、フランス料理フォアグラ(脂肪性の太った肝臓)に引っ掛けて、そのギリシャ語的語源にはfat (lipid)(脂肪)に関係しているという話しを聞いたことがあるので確かめたいと思うに至ったのは楽しいことでした。肝臓は再生力に富む器官です。この再生力が病変した肝臓が治癒する過程にどのように関与しているのかとの問題提起が河田教授からありました。この問題提起を契機として、「病変肝臓治癒過程に肝臓が本来的に持っている再生能が関与しているのか」を宿題にして、今後、考えを整理したいと思っております。このような有意義で楽しい座談会に参加する機会を与えて下さった河田教授にお礼申し上げます。

一般財団法人日本肝臓病対策支援財団 評議員
大阪市立大学 教授
池田 一雄

肝炎SVR後
C型肝炎ウイルスが、ほぼ排除できるようになりましたが、肝硬変、肝臓がんも同時に治ったかというとそうではないようです。
治療以前の慢性肝炎、肝硬変の時点で、肝実質細胞のゲノム上には、既に、変異が蓄積しており、細胞レベルでのがん化は、スタートしていて、臨床上がんと診断するまでに、つまり、がん化が進行するのに時間を要するため、たとえ治療によりウイルスが排除され、肝機能障害が改善し、肝炎が治癒したように思われた後に、肝がんが発生することが問題となっています。同様に、ウイルスが排除された後の肝硬変の新たな治療も望まれています。硬変肝では、本来の小葉構造が壊され線維性隔壁を伴った偽小葉が形成されます。正常では門脈血流量と動脈血流量は4対1の割合で肝小葉に血液が流入し、類洞に注がれ中心静脈から流出しますが、偽小葉では門脈血流量が低下し動脈血流量有意となり、またシャントが形成され循環動態に異常が生じています。この形態変化は、年月を経て形成されたものでウイルスが排除されてもすぐに元の正常構造に戻るものではないようです。

肝星細胞活性化のイニシエーション
肝星細胞は、様々なサイトカインによって活性化を受けることはよく知られていることですが、物理的刺激も重要であると思われます。和氣先生が提唱されている単位「ステロン」(ひとつの肝星細胞が接する肝細胞群)では、計算上肝星細胞1細胞あたり20数個の肝実質細胞に接しています。肝実質細胞がアポトーシスに陥り、1つ、2つ脱落しても肝星細胞にはあまり影響しません。しかしながら、肝実質細胞が同時に壊死に陥ると肝星細胞は足場をなくすことになります。これは取りも直さず、細胞の増殖、細胞の遊走を引き起こします。また、細胞外基質が蓄積し、肝実質細胞と肝星細胞が直接に接着しなくなると、肝星細胞は、直接、細胞外基質に接着することになり、インテグリン等の接着因子を発現させ、肝星細胞のイニシエーションが引き起こされるのだと思われます。

(株)フェニックスバイオ 常務取締役
立野 知世

“Liver Pathophysiology in the Post-HCV Era”というタイトルで座談会が開催されました。直前に大阪大学中之島センターで行われた第23回肝細胞研究会の熱気が持ち込まれての開始となりました。肝細胞研究会で和氣先生がご発表された、各種肝臓細胞で作られている精密な構造、社会性には意味があり、先生が御提唱された”stellon”という単位に関する話題からスタートしました。”stellon”の単位は、星細胞1個に対して、肝細胞20-40個、内皮細胞1-2個であり、星細胞は多くのspineを伸ばして肝細胞に接着することによりquiescentな状態を保っている。このことから、肝細胞が数個障害で消失したとしても星細胞は活性化しないが、肝細胞の広範壊死が起こると、星細胞はspineで接着する肝細胞がなくなり活性化するという新しい考え方です。一方、Pinzani先生の患者様からの手術で得られたヒト肝臓の中の細胞を消化して得られたscaffoldに関する研究に関するご講演にも話題が上り、正常肝臓組織と硬変肝組織のscaffoldにおける肝細胞ポケットの構造の違いはとても印象深く、硬変肝における肝細胞を囲んだ想像以上の細胞間マトリックスの多さに驚きました。お二人の先生の視覚から右脳を刺激するアプローチが研究者の興味を大いに駆り立てたものと思います。その後の話題は、HCVが薬で排除された後、肝臓では何が起こっているのか?HCVが排除された後、どのように患者様をケアしていくのかという真剣な議論がなされました。HCVによる肝臓の炎症により肝細胞の細胞分裂は繰り返し起こっていると予想されます。私はヒト肝細胞を持つキメラマウスを用いた研究を行っており、そのキメラマウスを用いて、ヒト肝細胞の増殖と老化に関する研究テーマにも取り組んでおります。HCV患者の肝臓では、細胞の老化の指標の一つであるテロメアはどうなっていると思うかという御質問がありました。私たちの実験結果からは、肝細胞が分裂を繰り返すとそのテロメアは確実に短くなり、最終的には肝細胞は分裂できなります。このことから、患者様の肝臓において、薬によってHCVが排除される以前に、炎症、肝細胞分裂がどれくらい継続的に起こっていたか、またその結果、肝細胞のテロメアがどれくらいまで短縮されたかには注意を払う必要があるのではないかと考えています。